あの頃のインタネット

 あと一時間で二週間ぶりのジャンプに心が沸き立っていてユメショ書くのもなにか浪費するのも落ち着かないので文章を書きます。

今日の話題、あの頃のインタネット。

 あの頃ってどの頃よ?それはわたしもよく分かってないんだけど、わたしの人格形成にまつわるワールドワイドウェブのすべてですね。情緒をインタネットで育み、基礎教養を学んだや〜つ。するとこんないきものが出来上がりました。

折り合いの悪い家庭とはいえ、親に感謝している点はいくつかあり、そのうちのひとつは未就学児のときからパソコンを与えられおもちゃとして遊ぶことを許容されていた点がある。おかげでこの年のわりにWindows98を知っているし、ダイアルアップ接続のあの音を親の声より聞いて育った。

でもいまにして思えばうちの親は未就学児にインタネットを触れさせてはならなかったと思う。

このご時世、こんなにもSNSが発展していなかったら社会不適合者の人格破綻者として周囲の人々に気味悪がられて生きる、よく喋るはた迷惑なコミュ障が爆誕するところだった。いまですら若干職場でイマジナリコミュニティーを築き謎のイマジナリフレンズが世界各地に居るヤバいやつと思われているところがあるというのに……。※ななりはフォロワーは友だちと思っている距離感の人間です※

 それでなんでこんな懐古話を長々語ろうかと思ったかなんですけど、さっき読み終わった本の影響ですね。ルポ歌舞伎町。筆者の國友公司さんの別書が面白かったのを覚えていたのでGWのお供にのんびり読んでたんですけど、筆者ご自身もあとがきで仰ってたように『かつて』の歌舞伎町を好ましく思い、探ろうとする節が全体を通して見受けられておりまして、そこにすごい共感。

わかる、なんかあの頃(各々任意の時代)って良いんだよな〜。ななりもインタネット大好きだもん、あの頃の。

 具体的に言うとどのあたりかな、まあ00年代から10年代のインタネットかな。いまのインタネットも勿論好きなんだけど、あの頃の荒削りなコミュニティ、ジャンル、なんか諸々のカルチャーに育てられたから実家のような安心感がある。

 最近人生で初めてVtuber、好き〜!推せるやつ〜!ってひっくり返った子を見つけたんだけど、この間フォロワーにどういうベクトルで彼が好きかって言う話をしてたら、同じサブカルチャーにじゃぶじゃぶ浸ってきた点が一番好きなポイントだったということに気付いたんだよね。

〜人間は共感で生きているいきものである〜

あるある〜あったあった〜という話題で盛り上がってしまう、歳を重ねた証拠ですね。ティーンのときの輝きはもうない。もうわたしはくたびれたひとりのオタク……。

人間の成長も不可逆的なもので、わたしはあの頃のインタネットが好きだったのではなく、あの頃のにぶくともちょっとは輝いていた自分が好きだったのかもしれない……。若さって無敵だし、いつまでもあの無敵バリアと無敵光線って出してらんないよね……。え?せちがら、ジャンプへのワクワク感が消えてしまった。なんだこの自傷行為。こんな落ちになる予定はなかった……。

結局あの頃のインタネットってなんなんだ……?あの頃って…………。

よし、この話はやめとこうか。おしまい!